2017年1月吟行記
<哲学堂・新井薬師>吟行記 平成二十九年一月十一日水 
                       中村三酉 記
 
  新春の幽霊に会ふ哲学堂   ひでを
 
 セミの会の皆さん、あけましておめでとうございます。宗匠はじめ先輩がたには今年もよろしく
ご指導お願いいたします。
 さて。平成二十九年、二〇一七年の発句としてはなかなかおめでたくない、ゆゆしい気配の
宗匠の句ですが、それも故あってのこと。幹事になりかわって吟行地を決めた私が、つい手近
にそれを求めて、この日やってきたのは、東京都中野区の北のはずれ、哲学同公園。宗匠は
今、「哲理門(てつりもん)」とやらの前で、仁王さんさながらに門を守護する幽霊像を覗いている
ところなのです。幽霊の相方は天狗。天狗が阿形、幽霊が吽形という構えです。
 
  ゆうれいと天狗同居す冬の朝   風天子
 
  門を守る天狗幽霊の息白し    優李
 
  節分近し天狗は内に居りをり   まさはる
 
 まさはるさんの句は、何やら天狗をぐっと内面化し、内在化し、アウフヘーベンしておられます
ね。いや、さすがです! なにせここ哲学堂は、かの妖怪博士、井上円了先生の、今を去るこ
と一世紀、明治三十六年、一九〇三年の創建。教育的、倫理的、哲学的精神修養の場として
構想されたものです。ゆえにまさはるさんの句は円了先生の志にぴたりと沿うもの。いや、さす
がです! まあその一方で、
 
   哲理門白猫丸く日向ぼこ      優李
 
 という景色も見られ、こういうのを猫に小判というのでしょう。
 とはいえ、私ら凡夫はこの門をくぐるには十年早い。私らが回ったのはその先の通用門とい
うべき「常識門」。するとすぐ右に現れるのはげにおどろおどろしや「髑髏庵」。
 
   古井戸やどくろ堂の梅ほころぶ ゆきこ
 
    冬館常識門を入ればすぐ      まさはる
 
 それぞれの門や館の姿、その名の由来は実際にご覧いただき、園内で手に入る無料カタロ
を参照していただくことにして、カタログにある順路に沿ってまいりましょう。次のスポット、孔
子、釈迦、ソクラテス、カントを四人の賢者として祭る四賢堂は工事中でした。道は四賢者に続
く六賢者を祭る、三重塔のような六賢台にかかります。
 
  冬空に刺さる九輪や六賢堂    舞九
 
  水煙の透かし模様や冬の空    かおる
 
 六賢台の脇の小道をだらだらっと下るとそこは「懐疑巷(かいぎこう)」。ここで道は二つに分
かれて、右か左か懐疑の巷。右折して林の中にあやしげな「筆塚」を眺めながら、たどりつくの
は唯物園です。
 
   木枯らしに哲学しをる懐疑巷    三酉
 
    かの地では筆も化けをり冬木立   三酉
 
 園内にひときわ目立つのは、これもあやしげなる「狸(り)灯(とう)」なる石像。なんとお腹に灯
篭が仕込まれております。
 
    腹に灯を抱へし狸冬麗    優李
 
    木枯らしに背きて明し腹鼓灯    三酉
 
 それにしても、懐疑だ唯物だと純粋理性しようとすると、天狗だ幽霊だ、狸の街灯だと、摩訶
不思議な土俗が割り込んでくる。まことに奇天烈なところです。そこでわが同人の作句も二極
分解、
 
  賢人の冬林深く在しけり    まさはる
 
  哲学堂の時間空間寒の入り    舞九
 
  小寒の気みなぎるや哲学堂   風天子
 
  ペンのごと哲学堂の冬芽出づ   まさはる
 
 男衆が何だカンだガクだと侃々諤々やっている一方で、女子衆は梅を詠み、冬の青空の高
さを詠みと、いつもと変わらぬ風情。

   初吟行花はなくとも声高し   ゆきこ
 
 などと男たちをからかっております。その男衆、口はともかく足取りは次第に重く、まだ道も半
分のところで、陽だまりの下、亭のかたわらなどに思い思いに座りどころをみつけてよっこらさ
と一休みです。
 
  哲学の道遠ければ冬浅し    風天子
 
  着ぶくれを一枚解いて日の溜り  まさはる
 
  冬ぬくし哲学堂のひとねむり   風天子
 
  円了を軒のしのぶと冬の亭     三酉
 
  日向ぼこ今夜は何を食べやうか   まさはる
 
まさはるさんの一句が出たところで一同腰を上げ、園内を自在に歩き回る猫に習って哲学は
あっさりと捨て、猫じゃ猫じゃと次なる吟行地、名刹新井薬師に向かいます。
 
   哲学に想ひを馳せば浮かれ猫   ひでを
 
   バス違ふ初薬師への道遠し    木の葉
 
 アリスの国のウサギみたいに慌てているのは木の葉さん。バス路線に足を取られて哲学堂
にたどり着きえず、やむなく新井薬師の山門前に先回り、皆と感激のご対面となりました。さて
もテツガクなどする必要のないお薬師さんは、それだけでもう肩こりが直る、たいそうありがた
い風情。初薬師の筆がどしどし進みます。
 
   哲学を究むことなく初薬師      木の葉
 
   初薬師六瓢箪を授かりぬ     ひでを
 
   初薬師初山翁の参りけり     まさはる
 
   検査果てて空の高さや初薬師   ゆきこ
 
   初孫の健やか願ふ初薬師     かおる
 
   吟行はこの日と決めし初薬師    舞九
 
   目ぐすりの木の茶売りたり初薬師   優李
 
   石灯籠支柱のありて初薬師    かおる
 
   常香炉目に御利益の初薬師    優李

    弘法が目にもの見せん初薬師   三酉
 
   初薬師帰りは目星の居酒屋に  ひでを
 
 二代将軍秀忠の子どものタチの悪い眼病が、ここに祈願したら治ったというので、新井薬師
は目に聞くというのですが、宗匠みたいじゃあ、ご利益があるのかないのか。それはともかく真
言宗のお寺ですから願掛けは得意。お薬師さんだけじゃなくて、お地蔵さんも小ぶりながら山
門脇に鎮座して「お任せなさい」とニコニコしてござる。
 
   寒の水かけて地蔵の御まなこ   舞九
 
   願ひきく地蔵堂にも炬燵かな   ゆきこ
 
   新井薬師祈願の果てや寒の水   まさはる
 
  願かけの地蔵水ごる初薬師   三酉
 
  左義長を待つ紙と板うづ高し    まさはる
 
  初吟行健康談義の薬師寺(でら)   ゆきこ
 
 こうしてお正月風情の薬師さんの山門を出て、今度は南に延びる参道を南へと。早稲田通り
を渡れば駅近く、道幅狭く、紅灯は明るくなってまいります。
 
  散髪屋多き参道日脚伸ぶ    舞九

  陸橋のひと影急ぐ冬西日    ゆきこ

  なつかしの昭和新道(しんみち)初吟行   木の葉

   灯を点す昭和新道春隣    舞九

   着ぶくれて寄らぬつもりの呑み屋街   かおる
 
昭和新道はまた今度として、ようやくたどり着く今宵の宴の地、中野駅南口、中野マルイ五階
の中華「墨花居」。皆様えらく歩かせてしまい、特に初山翁には本当にお疲れ様でした!
カンパーイ!
かくて宴いよよにぎにぎしく、そのさなか孤心いよよ深く。
 
    片時雨遥かなひとに文綴る    木の葉 
 
 
 
   





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