2016年10月 石神井公園吟行報 
10月12日  中村三酉

 午後一時、西武池袋線石神井公園駅集合。さっそく駅南の公園に向けて歩き出すと、宗匠し
きりに「うどんのうまい店」ということを言う。伺えば、公園に隣接する石神井公園ふるさと文化
館のなかにある「エン座」といううどん屋さんがお目当てなのだ。
 宗匠が吟行地を選ぶ参考資料にしている東京新聞の連載コラム「東京どんぶらこ」の一〇月
一日掲載に石神井公園が紹介され、そこに作家の中島京子さんが寄稿、この「エン座」を取り
上げて、
「お昼時に麺類が食べたくなると、なんとなく行きたくなるのが石神井公園なのである」
などとしている。さては宗匠が石神井公園を吟行の地として選んだのは、このうどん食べたさえ
あったか? などとやや釈然としないものがあるが、まあいいでしょう。かくいう私も「エン座」の
うどんは食べたことがあり、このチョイスは正解と思いますので。
というわけで、なにはともあれ、公園へ。
 都立石神井公園は、ボート池、三宝寺池という二つの池、そして戦国時代をしのばせる石神
井城址を囲んで面積約六万八千坪。練馬区の公園も隣接しているので、住宅地の中のけっこ
うなオアシスになっている。
 石神井公園駅からやってくると、公園の東はし、ボート池のボート乗り場にたどり着く。歓迎す
るようにさっそく現れたのは、


   秋蝶や長崎の名を負ふて来し     まさはる


 アゲハの中でも大型のナガサキアゲハ。元々はもっと南に生息したチョウだが、温暖化につ
れてクマゼミなどと一緒に北上してきた。尾のない黒い羽でゆったりと飛ぶのが特徴だ。
 ボート池にそって西へ。よいお天気とて木漏れ日の中を小鳥たちが飛び回るさわやかな園内
をのんびりと歩く。


    木もれ日をくぐりくぐりて小鳥くる    三酉


 東西に細長いボート池がつきるあたり、ふるさと文化館のなかなるお目当ての「エン座」に到
着。このたびは矢立もとりあえずの風情でさっそく注文する。梅うどん 八五〇円、霙糧(みぞ
れかて)うどん 八五〇円、おしぼりうどん 九〇〇円。これに地野菜かき揚、昔団子など。い
や、うどんはこしがあっておいしいこと。
 うまいうまいと平らげて店を出れば、


    古民家の屋根うつくしき秋日和     ひでを


 文化館のとなりに古民家が移築されている。元の持ち主は内田さんとかで、これは練馬ネイ
ティヴによくある姓。どっしりとした構えは、おそらくはかつて隆盛を誇った練馬大根の収入がも
たらしたものか。
 ボート池に別れを告げ、バス通りを渡ってもうひとつの池、三宝寺に向かう。途中の水路で、
前期とも後期とも言い難い高齢男性が数人、妙な道具を水から持ち上げている。
 釣れますか、などとそっと寄ってみると、道具は水の透明度を測るもの。ボランティアで水質
を調べているのだと言われる。


    水澄むを測る人あり澄むといふ    まさはる


 三宝寺池は後で見るとして、まず石神井城址の空堀を見ながら坂を上がる。石神井城は、
平安時代以来の武蔵の名族、豊島氏の居城だったが、文明九年(一四七七年)、太田道灌に
攻められて落城、破却されている。つはものどもが夢のあと。今は木立の中にひっそりと内陣
の遺構が残るばかりである。隣接する氷川神社は城の鎮守だったそうで、これも緑深く、長い
歴史がありそうだ。
 氷川神社を出て、空堀がつくった谷を下って三宝寺に。石神井城落城後、今よりもっと東に
あった三宝寺を、道灌が城跡に移転させたのだとか。戦死者の魂鎮のためだったのか。


      海舟の屋敷門あり秋の寺      かおる


 その寺に勝海舟の家の門が移築保存されている。三宝寺は江戸幕府からも大事にされたそ
うで、さような縁から、戦後になって壊されそうになった海舟の家の門がここにあるのだそうだ。
 屋敷門を後に本堂にお参りしようと近づくと、静かに水をたたえていたお手水がいきなり水を
噴出してびっくり! 何とセンサーが仕込んであったのだった。


      お手水にセンサー賢き秋の寺    三酉


      榧の実や撞く人のなき鐘を聞く    優李


 鐘の句はあくまで心象風景。鐘までハイテクというのではありません。
 寺を去って池に戻る道すがら、昔の堀の切通しと思しき土手の高いところにカラスウリが赤く
色づいている。


       烏瓜捕るには遠しガキ大将    ひでを


 と、宗匠の子ども時代をしのばせるような句。大きな農家の門なども見えて、しずかなたたず
まい。そっと俳句手帳など開いてみれば、


       柿落葉ノオトの中で艶を増す   かおる


 さて。三宝寺池である。武蔵野台地の西の広がりをつくった扇状地がこのへんで終わり、そ
の先端に泉を生じておのおの小さな流れをつくり、江戸湾に向かったのだが、その湧水点のひ
とつがここ三宝寺池にもあった。宅地化で泉は涸れ、今は地下水を汲み上げている。池はの
どかに広がり、四方は森。池には鯉が悠々と泳ぎ、水鳥が遊ぶ。


        石神井池荻の音きく大き鯉    ひでを


 なかで不思議だったのは、池のやや東に位置する中の島の岸にたたずむ五、六羽のゴイサ
ギ。


       五位鷺の同じ方向く秋の池   ひでを
 

       ゴイサギの同じ方見る秋の色   優李


 誰にも印象深かったと見えて、まことに等類句状態が生まれることになりましたが、それほど
この光景には驚いた。ゴイサギたちは、どのような動機やら本能やらで、号令一下とでも言うよ
うに同じ方向を向いていたのか。しかも互いによく似たゴイサギだったので、不思議の思いは
いっそう深まったのだった。
 そうこうするうちに秋の日ははや西の木立の向こうにかかる。


      すゝき日を蓄へ闇に備へけり     まさはる


 われわれもそろそろ夜に備えないとと、池のほとりなる古色蒼然たるお茶屋のビールの誘惑
を振り切って、疲れた足を励ましつつ石神井公園駅に戻るべくバス停へ。


      月中天なかなか来ないバスを待つ   かおる


 今宵の句会は、石神井公園駅にほどよい店を見つけられなかったれば、電車で一〇分ほど
池袋方面に戻り、練馬駅北口なる食事の店「むめい狼(ろう)」ぞ着きにける。
というわけで、やれやれ、まずはビールで乾杯を。


      灯下親し飯椀かかへ句作かな     ひでを






以上






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