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藤田 夢
■近くて目新しい場所
いつでも行るとけ思うと中々行かないし、敢えて行こうとしない場所の一つに明治神宮が有り
ます。私自身、所属結社の句会に出席するために毎月二回は山手線の原宿駅を通過します が、車内から明治神宮の樹々の茂りを眺めては居りながら、もう十年以上も参拝して居りませ んでした。多分セミの会の皆様も『明治神宮は行く気になればすぐ行ける、だから、今すぐに行 かなくてもいい所だ』と考えて居られたのではないでしょうか。ですから今回の此の企画は年齢 層の高いセミの会の会員にとって、近くて目新しい場所≠ニして素晴しい選択だったと思い ます。幹事さんの烱眼に拍手!です。
吟行日の六月十日は、前日まで続いた降りみ降らずみの梅雨空から一変して、晴間の多い
好天になりました。
吟行のまがふかたなき梅雨晴間 ひでを
JR原宿駅で降りて山手線の跨線橋を渡ってすぐの所に聳え立つ白木の大鳥居前に午後一
時に集合、参加者は八名。セミの会六月の吟行会が始まりました。
ごみ一つ落ちていない玉砂利の参道へ、さぁ、元気に出発です。
大鳥居修学旅行生の素足かな ありふみ
あらっ、神域に入るや否や、女子学生の素足に注目するなんて、なんとも若々しい感性です
こと。新緑と薫風の中で、少女達の健康な素足が清潔に美しく輝いています。若さだけが持つ 生命の輝きを詠んで、吟行句ならではの名吟。
ざくざくと快い足音を立てて、塵一つ落ちていない玉砂利を踏んで行くと、「私って日本人なん
だなぁ」と改めて思います。明治天皇を神様だとはとても思えない私ですのに、玉砂利の音や 参道の広やかさに心が清々しくなっていくのが我ながら不思議です。バチカンでもノートルダム 寺院でも感じなかったこの気持は一体何なのでしょうか。日本人の血の中には日本の神が宿 っているのかも―。
何事のおはしますやは新樹光 壯治
参道の右側には日本酒の菰樽が、左側にはワインの木の樽が積み上げられて奉納されて
います。日本の神様はお酒が好きで、神事にはお酒が付きものですが、ワイン奉納とは何 故? 説明板を読みましたら、明治天皇は文明開化を殊の外好まれてワインを愛飲されたと 有ります。そう言えば、明治天皇の御写真は勲章を胸に飾って西洋風の軍服を召されて居り、 とてもハイカラです。
緑陰に文明開化の音聞こゆ 建一郎
―なんて思っているうちに今日の吟行の目玉「菖蒲苑」へ木下闇の小径を右折します。入苑
料は五百円。
■菖蒲の池をめぐりて
菖蒲苑の入口で頂いたパンフレットを拾い読みして居りましたら、木の卓の上には虫除けス
プレーの缶が、卓の下には蚊取線香が置いてあるのに気付きました。見ると女性入場者が 次々と腕や足元に入念にスプレーしているではありませんか。神宮に隣接する代々木公園で 発生したテング熱の予防の為なのですね。一方、我等セミの会の女性陣は誰一人防虫スプレ ーには目も止めません。皆、自分がテング熱に感染する筈は無いと確信しているのでしょう。こ の呑気さ、この明るさがセミの会の身上なのかもしれません。
鬱蒼と茂る樹々の下、穏やかな坂を下って行くと南池に出ます。きらめく池の面には紅白の水
蓮や黄色の河骨が咲き、蜻蛉が飛んで、此処が東京の原宿だとは思えない風景です。水蓮は 二時ころ、即ち羊の刻に花開くので、羊草と呼ばれますが、その由来の通りに今は羊の刻近く なっています。
羊草水の女神と名のありて 木の葉
この池は昭憲皇太后がつれづれのお慰みに、釣りをなされば―との明治天皇の思し召しで
作られた人工池だそうですが、皇太后が本心から大喜びされたのかと少し疑問が有ります。何 故なら、暇つぶしに釣堀に通うのは殆ど男達ですし、映画『釣りバカ日誌』も渓流釣りも全員と 言って良い程釣り師は男ですものね。本当のところ、皇后より天皇の方が釣りを楽しまれたの かもしれません。
梅雨晴れ間の日差しは段々強くなり、快適な吟行日和になって来ました。草刈機の音がして、
首に手拭いを巻いた青年庭師がきびきびと働いています。この美しく整った庭園を蔭で支える 若者の首筋に汗が光っているのも美しい景です。
日焼した庭師の手ぬぐひ紅に紺 かおる
木漏れ日の径を今日の吟行のお目当て『菖蒲苑』へと進みます。明治神宮の菖蒲苑は明治
三十年頃明治天皇の思し召しによって日本全国から優秀な品種を集めて植えられたもので、 現在百五十種、大株二千五百株とのことです。花菖蒲には江戸種、伊勢種、肥後種がありま すが、此処の菖蒲苑は江戸種のものが多いと解説板に記されています。「いづれアヤメかカキ ツバタ」と良く言われていますが、菖蒲とあやめ、杜若の明確な違いを何度聞かされても忘れ てしまう私は、今日こそはちゃんと覚えようと心に決めて菖蒲苑に入りました。
大木の茂る小暗い径から一転、明るく美しい景が広がります。満開をほんの少し過ぎたか過ぎ
ないかの、薄紫、濃い紫、水色、白などの花菖蒲は静かにやさしく、雑事に忙殺される現代人 の心を癒してくれるようです。花菖蒲のたおやかな姿を前にすると人は内省的になるのでしょう か、大勢の見物人の割には静かな刻がゆっくりと過ぎて行きます。
やゝ窶れたるも風情や花あやめ 夢
花菖蒲には各々名札が付けられています。いずれも雅で文学的な名前で、その花の色や姿
と一対になって鑑賞されるのでしょう。古典的で美しい名前が多く、人々は花をめでながらその 名前をもめでていました。それら雅な名を持つ菖蒲の中から、ひでを宗匠は無骨な命名を発見 し、ニヤリとして一句。人が詠まないような物を見つけて取り上げることも作句には大切なこと です。
一叢は虎嘯くといふ菖蒲 ひでを
■祈願さまざまの杜
光琳の屏風絵に似た菖蒲苑を出て、木漏れ日の小径をぶらぶらと散策した先に「清正の井
戸」が有りました。賤ヶ岳七本槍の一人加藤清正は、後に秀吉の朝鮮出兵の折の虎退治でも 有名な武将ですが、徳川の世になって此処に住んでいたのですね。戦国時代を生き抜いた清 正の下屋敷跡の井戸は、今もこんこんと澄んだ水を湧出し、恋愛成就のホットスポットとして人 気を集めているのですから、時の流れは本当に面白いものです。掌に受けると冷たーい清浄 な水でした。
木下闇清正の井戸清々と ゆきこ
清正の井戸から内苑の北出口を目指して、大木の生い茂る中を小径伝いに歩きます。日差
しは弱くなって、まだ四時になるかならないかですのに、森の中は早くも夕暮れのよう―。鴉が 大声で鳴き渡り、沿道の熊笹がざわざわと揺れて、秘境の森林の中を行く心地です。
『夜になったら狸が出るわね』『鼬も出るわ』『蛇だって出そう』と、女性たちは急に早足になって
います。本当のところ、どんな動物が居るのでしょうか。
深山幽谷を抜け出した気分の北出口では、『今日は日本人が多かったね』と、係員が話し合
っていました。明治神宮も国際的な観光地になったようで、外国好きの明治天皇はお喜びにな っているかもしれません。
森を抜け出した一行は再び玉砂利を踏んで明治神宮本殿へ向かいます。少々歩き疲れては
いますが、明治神宮に来て本殿を礼拝しなくてはお髭もご立派な明治天皇に叱られてしまいそ うで頑張って歩きました。
明治神宮の祭神は明治天皇と昭憲皇太后です。大正九年十一月一日に鎮座されましたが、
昭和二十年四月にアメリカ軍の集中攻撃で本殿など主要な建物は焼失し、戦後の昭和三十 三年に明治神宮復興奉賛会が全国から寄付を募って再建されたのが現在の社殿です。と言う ことは、この簡素にして神さびた社殿も、社殿両脇の楠の大樹も、セミの会一同の平均年齢よ り若いということになって、何だか急に自分が年老いた気分です。でも、せっかく来たのだから と、気を取り直して、うやうやしく二礼二拍手、セミの会の発展と我が家の安寧をお祈りしまし た。
神殿の横には奉納された絵馬が鈴なりに吊られています。恋の成就と入学祈願、家内安全
が祈願の三大公約数のようで、これらは何処の神社の絵馬にも共通していますが、明治神宮 の絵馬の特色は他の神社と較べて外国人の物が格別に多いことです。英語、フランス語、ドイ ツ語あたりは見当がつきますが、絵文字のような願い文の絵馬も多く何処の国の言葉なのか もよく分かりません。これでは明治天皇もお読みになるのに苦労なされることと拝察しました。 今や明治神宮はワールド・ワイドな存在になっているのです。
此処からは三々五々、入口の大鳥居まで各々好きな径をゆっくりと帰ります。日暮れ間近の
参道は鬱蒼と茂る大樹の放つ香気に包まれて、本当に此処は原宿なのかしら、大通りの向う 側に若者達でごった返す竹下通りが有る原宿なのかしら―と夢を見ているような気分です。
そして改めて思います。この明治神宮の広大な森は、社殿もろとも昭和二十年四月のアメリ
カ軍の爆撃で全て炎上して焼失した後に、その復興を願う奉賛会の努力で全国各地から奉納 された樹木が成長して出来たものであるということを。この太い幹も緑濃い枝も葉も、戦後の 人々が植えて育てて来たのですね。あの焼け跡の中から何十年後を見据えて黙々と若木を植 えた私達の先輩に改めて深い畏敬の念を捧げたいと思いました。日本人って凄いじゃない!
結構長い距離を歩き廻って少々よたつきながら、一行八名無事に大鳥居前に集合しました。
喉が渇いて、とにかく坐りたくて、大鳥居脇のお店でソフトクリームを食べることになりました。 ソフトクリームなんて普段は先ず食べませんが、吟行となると何故か食べたくなるのが不思議 です。きっと皆、若い頃、当時は新しい食物だったソフトクリームを食べたことを思い出すので しょう。まだ若くて、一寸好きな人が居て、休日にデートしたりした日々をソフトクリームが思い 出させてくれるのかもしれません。
さて、そろそろ夕暮れて来て、お腹も空いて来ました。今日の夕食は地下鉄の明治神宮前駅
に近い「南国酒家」。地の利が有るので誰もが一度は行ったことがあるという中華料理店で す。全員座れる大きな丸テーブルに着いて、まず冷えたビールで乾杯!です。今日も元気で、 仲の良い俳友と歩き廻って、皆と乾杯出来たことを嬉しく思います。これで良い句が詠めれば 最高の幸せですが、仲々そうは行かないのが人生。けれども気の合う仲間が居て、何ヶ月か に一度は今日のように句を詠むという目的を持ってあちらこちらと散策出来るということは幸せ なことだとこの頃しみじみ感じます。皆様はどうお考えでしょうか。
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