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■ゲートシティ大崎でお茶
今年は、「雨男」の汚名を着せられても反論できそうもない。参加できる時に限って雨。通例
の滝山城址公園花見も雨…どころか、朝方は雪に見舞われた。
そこで急遽、ひでを宗匠と相談し「目黒川沿いの花見」に変更。しかし、都内は花の盛りを過
ぎている。落花、花筏、桜蕊などに趣を求めようか。
雪と月望みてをりし花見かな ひでを
午後一時、JR山手線・大崎駅前の、とあるマンションに四名が集合。宗匠が秘密めかして
「別宅だ」などと言われたので、ゆきこさんが「お金持ちね。なんのために持ってるのかしら?」 と疑いの目を向けた。息子さん宅を一時的に管理(留守番)しているのだと明かされ、「なあん だ!」と大笑いして出発。
雨ありて花ひとつ落ちまたひとつ ゆきこ
川沿いを下ると、桜並木が延々と続く。染井吉野に、花期の遅い八重桜も混じり、傘を差しな
がらの花見もまずまず。川には花筏が模様を変えつつ下る。
花いかだ先の尖りて目黒川 かおる
いちおう目的地を決めた。〈ゲートシティ大崎〉。宗匠が「ここは行ってみる価値がある」とご推
奨の複合商業ビルである。ゆっくり歩いて10分程で着いた。
1?3階までが巨大な吹き抜け空間で、円形のフロアには軽便なテーブルと椅子が並べてあ
る。その周りには、スーパーやファーストフード、各種飲食店が連なっている。カフェで飲みも の、スーパーでパンを買うというささやかな選択の自由を楽しめる。
すぐに半日の計画を立て、あとは雑談。15分程は居ただろうか。3階まで店舗を見て歩き、
1階のホテルロビー側から表に出た。この先、再びここを訪れることはあるだろうか。
花筏ひとたび去つて還らざる 壯治
■ロイヤルホストでワイン
タクシーを拾い目黒不動尊の参道前に付けてもらう。その昔はさぞ賑わったであろう参道の
老舗を眺めつつ、緩やかな坂を上った。不動前の蛸薬師(成就院)にまず参拝。三匹の蛸が 蓮華座に載る慈覚大師を支える像で知られる。枝垂桜がわずかに残っていた。
人の目も黒きあひだの桜かな 壯治
坂道を右へ折れて、すぐに目黒不動尊の山門が見える。正式名称は〈天台宗泰叡山瀧泉
寺〉。門を潜り抜けると、石不動、独鈷の滝、垢離堂などが並ぶ。その脇にこんもりと小高い墳 墓があり、青木昆陽、北一輝、大川周明などの名が見えた。
花見して甘藷先生思ひをり かおる
北一輝、大川周明から、昨今の集団的自衛権をめぐる法改正論議に話が及んだのは自然
の成り行きだった。北は『日本改造法案大綱』などの著者、大川は東京裁判ではA級戦犯とさ れた(その後、無罪)。筆者が知る大川は、東京裁判の公判中、東条英機の頭を後ろから打っ た映像記録で鮮烈だ。その話をすると、かおるさんとゆきこさんは初耳らしく、茶番を見るよう に笑った。
男にも女坂あり花の道 ゆきこ
大本堂へ向かうには、急な石段とゆるやかな女坂がある。みな女坂を選んだ。
赤き葉や花は十五分咲きにして ひでを
右近の橘、左近の桜と言うが、大本堂の両側に桜の巨木が枝を伸ばしている。返す返すも
「花の盛りにはさぞや」と惜しまれた。
大本堂では折しも〈花祭〉とあって、釈尊の童像に甘茶を掛ける場が設えてあった。二度三度
と丁寧に灌頂する婦人の姿が印象的だった。
花の雨祝ひのなかの灌仏会 ゆきこ
大本堂の裏には、大日如来像が鎮座する。そこも軽く拝して立ち去る。不動公園を抜けれ
ば、目黒通りの方へ下る。
また「休憩しよう」ということで、大鳥神社への参拝もそこそこにファミレスの〈ロイヤルホスト〉
に雨宿りした。四時近くでもあり、「もういいだろう」と誰が言い出すでもなく「白ワイン」で衆議は 一決した。
宗匠曰く「ファミレスも案外いいものを出すんだよ」とのことで、キャベツのテリーヌ、下仁田葱
のビシソワーズ、オニオンスープをそれぞれ頼んだ。
■ビストロKでイタリアン
体が温まった所で、再び目黒川の夕桜を見に戻った。その足で、東横線・中目黒駅前に句会
場を探す心算である。〈酒なくて何の己の桜かな〉は常ながら、李白も驚く酒仙ぶり。花も酒も 詩も、愛でる心は一つか。
権之助坂に掛かる橋から川沿いの道を入ると、花見提灯に灯が入っていた。地元商店の名
と共に「二歳 ○山○太」と記した提灯がぶら下がる。どうやら土地独特の風習で「二歳」を祝う らしい。
二歳児を寿ぐ提灯花の川 かおる
二歳までが、さまざまな「魔」に取り憑かれやすいことから始まったのか。インターネットで調
べたみたが、疑問に答えるサイトは無かった。
桜木に例えても、二歳は若い。古木となれば、樹齢二、三百年もざらにある。古木ほど見事
に咲くのは、人と同じように徳が反映するのかもしれない。
半日を巡りて冷たき花の雨 ひでを
春宵一刻また一刻、花は闇に包まれるが、提灯、街路灯の光はいや増す。また開店早々の
居酒屋の類が、陰翳礼讃の薄暗い照明を路次に落とせば、いつの世も変わらぬ陋巷が忽然 と浮き立つ。花の記憶も、はや薄れるばかり。
中目黒でも名だたる飲食街と思しき辺りを、酒肴の味を極めたかの男女四人が行きつ戻り
つし、ようやく見つけた二階屋は〈ビストロK〉なるイタリアン。十二、三名ほどで満席になりそう な店の奥に陣取り、再びワインを開ける。
メニューを列記するならば、「金華さばの〆め鯖炙りサラダ仕立て」「天然鰤のカルパッチョ」
「ズワイガニのポテトサラダわさび風味」を吟味。所と品が変われば、酒の味は元より、腹も別 人のそれと変わるようだ。
花疲れやがてもの喰ふ女かな 壯治
〈もの喰ふ女〉は、もちろん最高の賛辞である。その後には、パスタで締めの飯とした。
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