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御岳渓谷吟行記
二〇一四年十一月十二日(水) 萩原かおる記
■同行4人
吟行予定日の前日、木の葉さんよりメール。目的地だった「奥多摩湖」を急遽変更すると。秋
の台風のため、現地がまだ荒れているという情報と、車で湖周辺を回るにはタクシーやバスを 使わねばならず、気ままな吟行にはなりにくいと判断したからと、これは後から木下ひでを宗匠 に伺った変更理由。そして。
十一月十二日正午すぎ、青梅駅ホームに集合したのは4人。ひでを宗匠、ゆきこさん、木の
葉さんとかおる。有史さんは用事で残念ながら欠席という。
ともあれ中央線から青梅鉄道に乗り換え、30分ほどで御嶽駅着。曇り空のもと、駅前の小さ
な中華料理店の脇から、石段伝いに渓谷へ降りて行く。これがなかなかの急坂。けれどおか げで、地上からひと息に谷沿いの遊歩道に出られた。心の準備のいとまもなく、突然、美しい 異界にまろび出た気分がする。
巨大なコンクリートのアーチ橋「御岳橋」をくぐり、右手へ。「旧万年橋跡」の表示がある。江戸
から青梅街道を経て御岳山へ向かう参詣者たちに大いに役に立ったという橋、今は巨岩のみ 残る……などと吟行記担当がメモなどしている間に、木の葉さん、ゆきこさんは景色のひとき わ見事なあたりでお弁当タイム。なるほど、もう1時過ぎだ。辺りの堂々たる大樹は、葉を黄色 や紅色にほんのり染めている。葉先から幹近くへ、紅から緑のグラデーションにした楓、薄茶 やワインカラーなどさまざまな草紅葉、そして多摩川の速い流れ、川音。「ベストポジションで昼 ご飯ですなあ」通りすがりのハイカーが、私たちに声をかけて行った。
■花の名前
ゆきこさんは野の花にくわしい。道ばたの茂みや高木の陰りなどに、目と心をやって宝を見
つけ、その名を告げてくれる。木の葉さんも絵を描く人だから、美しいものには目がない。ツヅ ラフジ、ヤブラン、ヒヨドリジョウゴの実、ヨメナギク、ノコンギクなどなど、さらには鬱蒼とした崖 近くの茂みに、丈高い芭蕉群を発見。大きな擬宝珠のような花までつけていた。
花あれば実あれば止まる紅葉狩り ひでを
紅葉狩りバナナの巨木ありにけり ひでを
紅葉狩小菊をめでるひとのいて ゆきこ
■吊り橋と水切り
「そまの小橋」と名付けられた吊り橋を渡る。小さな発電所が見える。河原に降りて、ひでを
宗匠がやおら、小石を水面へ向けて投げる。水切り。少年時代は上手だったのに?このたび は余り上手く行かないらしい。
水切りをしている人や秋深し ゆきこ
吊り橋を揺らすひといて紅葉狩り かおる
■玉堂美術館
以前は近くまで来ても立ち寄らなかったという一行が、このたびは玉堂美術館へ。日本画壇
大家の作品展示は、静かな秋の風景画が中心。会場を一巡し、玉石を敷き詰めた庭に出る と、見事な大銀杏が暮れかけた日に照らされていた。
玉堂の白菊まとふ光かな ひでを
秋渓谷玉堂の画のなかにをり ゆきこ
玉堂のいてふ黄葉の庭にをり 木の葉
■ひと休みして
御岳小橋を渡り、再び対岸へ。「笑 えみ」と書かれた看板に誘われ、喫茶店に入る。少し冷
えた身体に、緑茶やコーヒーが有り難い。高台にある店の窓辺には手前に紅葉、向こうに清流 と、誂えたような風景が広がっている。
ひと息ついて、帰り道。日暮れてきた人家の庭に、珍しい皇帝ダリアの花。薮陰でカラスウリ
や、キョウチクトウの戻り花、「お山の杉の子」の歌碑などに出会った。木の葉さんは良く通る 声で「コレコレ杉の子起きなさい〜」と、始めから終いまで歌い切った。
冬空に皇帝ダリアの高くあり ひでを
■寒山寺から沢井駅
楓橋を渡り寒山寺へ。クモの巣に紅葉がかかっている。鐘楼の鐘を木の葉さんとかおるが衝
く。近くで煌々と灯をともす「櫛かんざし美術館」以外、もうほとんどが夕闇の中だ。やや早足で 橋に戻り、対岸の沢井駅へ向かう。小澤酒造の醸造所の脇、急坂を少し喘ぎながら登る。吟 行の始めも終いも急坂だったなあと、ふと思う。
御岳の渓に鐘の音暮れの秋 ゆきこ
■青梅駅前「ぜん」
セミの会吟行に恒例の「句回し」。会場は、ひでを宗匠が始めから決めておられる。青梅駅
前で以前出会った、家庭的な居酒屋だ。けれど今も在るのか、本日は営業中かなど、一行の 誰も知らない。
午後6時前、降り立った青梅駅前で、全員、「あった!」声をあげる。ネオンもついているが、
その前に少し辺りを歩きたい。いい品揃えの八百屋があったはず。これも「あったあった」で、 それぞれが銀杏や漬け物などを購入。2階の居酒屋「ぜん」に上がる。
以前と同じように、奥のちゃぶ台前へ。「板さんがまだ来ていないから」とお女将さん。かなり
しょっぱいポテトサラダ、実沢山の湯豆腐で瓶ビール。「前に来たときには、赤ちゃんがいたね え」ひでを宗匠が水を向けると「その子は今、小学生」と。ああ、もう10年もの時が経っている。
2004年8月吟行。御岳山から青梅へ出て、映画の看板を飾った町並みなどを見て回ったこ
となどを、それぞれが思い出しては口にする。
やがて若い板前登場で、鰯や蓮根の揚げ物、地酒と、おいしい品々が並び、皆、機嫌も上々
だ。そして「句回し」に。結果は以下に記したとおりだが、「俳句でなく散文だねえ」などの、ひで を宗匠より頂いた指摘は、ほろ酔いの醒めかけた午後10時近く、家路をたどる辺りで効いて きた。
「ぬくめどり」
鷹匠の映画のことも青梅かな ひでを
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