2014年9月三浦市〈小網代の森〉吟行報

三浦市〈小網代の森〉吟行記 

              平成二十六年九月十日(水)   吉村 桂 記
■品川駅にて
 なんということでしょうか。午後1時の三崎港駅集合に向けて各地から続々と品川駅に集合し
つつあった我々吟行団は、各々京浜急行のホームにて、事故にて不通区間があるという案内
を耳にし目にし立ち往生。しかしここからがすごい。携帯メールを駆使し、ほぼ全員が10分以
内にJR品川駅構内に集合。もう、ここで昼ごはんにしようという派と、こんな人が多いところで
ご飯はいやじゃという派に分かれるも、気持ちは三浦の海に馳せ、一路横浜に向かうのであり
ました。結構空いてた横須賀線。横浜から京浜急行に乗り換えると、なんと不通区間のせいで
横浜から始発特急。ということで、最前車両にゆっくりと乗り込みほぼ全員が居並ぶという快
挙。さて、思いの外三崎港駅は人少な。コンビニと駅蕎麦店があるだけです。こういうときの駅
蕎麦は存外うまい、しかもメニューも工夫してある。バスも早々にやってきて、3停留所くらい乗
ったかと思ったら、もう下車。小網代の森に入ります。

 いやあ、良い天気、強い日差し。よろこぶさんの無帽の頭が気になります。湯気出てるし。手
持ちの手ぬぐいを吉原かぶりにかぶっていただく。かわら版やさんが被っているあれですね。
お似合いでした。

 あちらでは虫除けスプレーのやりとりも。用意万端です。
 確かここからという住宅街の小道はどんどん下がりながらもこんもりとした山道となります。こ
こから海の方に向かって歩くとして、どのくらいの距離か、まさか、この急な階段を戻ることにな
るのではないよね。などという心配はさておき、やがて包まれた豊かな森に、各々子どもに返っ
ていきます。

■小網代の森
 ここ小網代の森は、入り組んだ海を囲む葦原と小川の流域の湿原、豊かな小山雑木林から
なる広域な保護森です。1990年に「小網代の森を守る会」が発足し、その後2011年には
「小網代の森と干潟を守る会」と名称を変え、70ヘクタールの保全整備が有志によって成し遂
げられたのです。めでたく、2014年7月20日に一般へ解放された、ほやほやの保護区。湿
原というのは、外来の植物が生えて、やがて注ぎこむ水が枯れ、荒れ地となっていくものだそう
です。そこで生物や環境の専門家を始めとするチームが、水路を付け替え、山からの水を絶
やさぬ工夫をして小高い山から湿原、干潟と一体の整備が行われたそうです。作りものではな
いけれど、人間が自然を慈しむ決然とした営為によって、本来の容色を取り戻した森と海。今
日はここへ、遅れてきた夏休みを過ごそうと集まりました。近来になく、10人というたくさんの参
加者。

 バス道からだいぶ下りましたが、山は鬱蒼としています。住宅街を過ごすと、植物相が変わり
ます。まずよくある外来種の草が少なくなり、長い階段を一気におりたあとは、しっかりとした流
量の小川を巻くようにして木道が続きます。あちこちに、「マムシに注意」の看板が。おっかなび
っくりですが、水のあるところに蛇は居て当然。そこへお蛇魔≠オています。階段を降りる道
なので、蝶の飛ぶ道は我々の目の高さです。

 
   小網代の水の守りや黒揚羽      木の葉

 ああ、下る道のせいか、足がすいすい前に行ってしまう。斥候役を勝手に自認し、走るように
木道を進みます。深くて暗い森なのに、道の歩きやすさと行ったら。なんだか、羽が生えたよ
う。小川を見下ろしながら、まだまだ下っていく道に葛の花の甘い香りがします。白い仙人草、
赤い水引草、まだ色を変えぬ烏瓜、ほんとに小さい雀瓜。抜いて植栽したわけではないのに、
多摩川の河川敷にはびこる黄色い外来種の大型の菊やアレチウリは見当たりません。小川
の流れを保全して、山と湿原の本来の環境を作ったのちは、従来の植物がのびのびと生えて
いるのでしょう。

   鳴きやみて鳴きまたやみて森の蝉     ゆきこ

 蝉の音に森の深さが思われます。
「トンボが…」という声が谷に響きます。
イトトンボの深いインク色に驚いたり、大ギョロ目のヤンマのスピードを思い出したり、シオカラ
トンボにほっとしたり。一つの谷にこんなにたくさんのトンボが棲んでいるのは、なにか違う世界
に闖入したような気分です。

   秋郊のタイムスリップジュラ紀まで    壯治

 やがて、谷が開けてきます。短い道のりですが、急に落ちる谷川からやがて楚々とした小川
の景色になり、さらに開けて、ガマの穂が、またあちこちの声を呼びます。で、大黒様の歌を歌
っちゃう。そりゃあ歌っちゃうでしょう。途中でわからなくなってあちこちから助けの声が入ってき
て、空に吸い込まれていくような童歌。

   がまの穂に神話を語るよき日かな    風天子

 空が開けて東屋のある広場に出ます。もう、そこに海が望めます。潮の香もしてきました。そ
うなると、もう少し森にいたい、そんな気持ちが跡を曳きます。開けたら開けた場にふさわしい
生き物に出会います。向こうは我々をみて、相も変わらぬと思うでしょうが。

   切通し抜けて明るし通草の実    優李

   畦小道立ちふさがりおり大蟷螂   有史

 まだ、山の道だというのに、自然のものと思えぬ赤い蟹が登場。今日、見たかった真打ちで
す。アカテガニ。普段は陸に棲んでいて、産卵のときに大挙して磯に向かうそうです。長い間住
んでいた石川県金沢市の港近くの森で、その大群を見たことがあります。

   蟹帰る崖の途中のアパートへ    夢

 一旦山道峠を経て、どうやらここが森の果て。白鬚神社に到着。がけの上に鎮座する白鬚
社。白鬚明神、祀られているのは中筒男命(ナカツツノヲノミコト)。寿老人にもイメージが重な
る神様のようです。三崎港の航海安全、大漁の神として崇められいます。立派な槇の木がそび
えます。ようやくみなが揃ったところで海を見やると、魚が飛び上がりました。いやいや、これは
全員日差しを避ける方向に視線があったので、光る海に魚が飛ぶのを見たのは、私だけかと
思いきや…。

  鯔の子の群れさはがしき河口かな    ひでを

 あぜ道の傍らを流れていた用水は海へと注ぎます。用水の石組みには捕獲を誘う磯ガニが
います。
「いや、獲りませんけれど。気持ちは誘われますよね」と、腰ミノをつけて手ぬぐいを頭に巻い
た漁師さんが。浦島子かと思うことはないけれど、御伽草子を彷彿とさせます。実はカヌーで一
人漁ののち陸にあがってきたところの漁師さん。自身とカヌーにかぶせるゴムの蓋のようなも
のを腰にまきつけた格好でした。そのまま、社に赴き、長い祈りを捧げます。

  ピアスするカヌー漁師の祝詞かな    木の葉


■シーボニアにて 
 タクシーを呼び、とりあえずお茶ができる場所に案内をお願いします。港を右に見て、まもなく
静かな小さな湾の奥に佇む瀟洒なホテルのような建物につきました。シーボニアというそうで
す。ヨットハーバーに隣接しているので、ヨットから上陸してちょっと社交を、というかっこいい場
所なのでしょう。広いレストランは三面に海を見晴らせます。ぐるりとデッキもついているので、
「こちらでいただいてもいいか」と聞くと、「スズメバチがくるから」と言われました。そりゃ退散。
白い波が打ち寄せる崖の上には、いい格好の別荘が建てられています。別荘というのは、そこ
から眺める景色も優れているでしょうけれど、自身を眺められたときに、美しい景色を作らなけ
ればならないのでしょうね。

  秋の風書かねば消ゆる詩の言葉   よろこぶ

 肉厚で真っ白のクロスを敷いたテーブルにつき、十人十色の飲み物を注文します。いい気
分。少し汗をかき、距離も歩いたあとなれば、冷えた広い室内で海を眺めるお茶は至高の時
間。で、お決まりのセリフ。
「これで句を作らなくていいなら、最高」
 というも本心なれど、小さい帳面に今日見たあれやこれやを決められた文字数で記していく
面白さもまこと。いつしか、飲み物のグラスは汗をかき、おしゃべりがやんでの、作句の時間で
す。外は晴れた静かな海。小山は緑をたたえ、白い鳥が飛び、ヨットが湾から滑り出ていきま
す。とびきり話のおもしろいお仲間。普段どんな暮らしをしているやら全く知らないのに安心して
一緒にいられるこの時間。仲間に入れて頂いてよかったなあといつもながらに思います。

  秋の海一艘の船出てゆきぬ    ひでを









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