2013・4滝山花見吟行記

滝山城趾花見吟行記      二〇一三年四月一〇日   萩原かおる記

八王子駅に三人
 四月三日に予定していた恒例の「滝山城趾花見吟行」が、荒天のため一週間の日延べにな
った。そして迎えた十日の十三時、待ち合わせの八王子駅に集まったのはわずか三名。いさ
さか寂しくはあったのだが、「参加できなかった人たちをうらやましがらせたい。吟行記は少々
カサアゲして記すこと」と、宗匠。「八王子城」なる地酒、それぞれの弁当などを用意して、さあ、
出発。

滝山城趾到着
 タクシーで滝山城趾入り口に。そこからいきなりの急坂を五分ほど登ると、木々の新芽も晴
れやかな空間に出る。

    木々芽吹き等伯の絵に入りにけり     ひでを

 まだ練習中といったうぐいすのさえずりに、おおるりの高い声が重なる。
城跡やうぐいすの声天辺にかおる

    おほるりの声きき杉の香りかな      ひでを

 足下にはすみれ、ミヤマキンバイなど小さな花々。ことにすみれは紫の濃いもの薄いもの、
極小の白い姿など、多種多様さが目立つ。宗匠が歩きながら、すみれを詠んだ名句を口にさ
れる。

     菫程な小さき人に生まれたし    漱石

     山路来て何やらゆかしすみれ草   芭蕉

 今年の桜は慌ただしく咲き、散って行った。都心の桜はとうに散り終えていたし、八王子のさ
らに奥とはいえ、四月の十日となれば桜に出会うのはまず難しい。今回の花見の主役はすみ
れかなあ、などと思いつつ歩を進めること三十分。木々の向こうにやや赤みを帯びたピンクの
花群れが。いつも宴を開く「千畳敷」の辺りだ。足取りが軽くなる。見事な八重桜だ。
地面に枝先を触れるようにして咲いているそんな桜の真下に陣取り、まずはビール。地酒「八
王子城」もなかなか結構。辺りには我々以外、誰もいない。

     伏龍の桜なりけり咲きてをり     ひでを

     八重桜浴びて時間を見失ふ     木の葉

 少し肌寒くなってきたので宴をきりあげ、広い谷底のような「池址」に降りる。花びらの浮く小
さな水たまりが、蝶々の姿に似ていた。

     谷底に水の溜まりぬ胡蝶池     ひでを

     池址に花びらの浮く水たまり     かおる

 谷を登り反対側の山道に出て、木の葉さんがホウチャクソウを見つける。細長いスズランめ
いた品のある姿が、気がつけばそこここに群れている。「立ち去りがたいね」声にしたのは誰だ
ったか、しかしきっと三人皆がそう思っていた。

帰りを急ぐ
 「本丸址」を横手に見て、「中の丸址」に向かう。新芽や八重桜、そのほかさまざまの花に心
揺らせ、思わず時間を忘れていた。が、時計をみたらもう五時近い。多摩川を見晴るかす「中
の丸址」には西日が射している。八重桜や水仙、スノードロップ、馬酔木の花々にも惹かれる
が、帰りのバス便を思うと、そう長くはいられない。
 石畳の急な坂を降りると、手入れの行き届いた庭と見事な蔵を持つ家に突き当たる。二輪草
が群れ咲いている。去年の花見の帰途、ほど近くでカタクリの花を見たことなどを語りあった。

     蔵と門やまふところの二輪草    木の葉

     二輪草の群落ありて蔵の家     ひでを

 いつもなら向かう川沿いの道はあきらめ、早めに帰ろうと「滝」という名のバス停に出る。バス
便は一時間に二本。文字のかすれた掲示板の時間表を見誤り、少々慌てる。風が勢いを増し
てきて、気温も急に低くなった。福生行きのバスを待つこと二十分余り。

      夕暮れのバス停にをり春寒し   木の葉

 中央線直通の青梅線車中でやっと人心地のついた三人、句会は都心近くに戻ってからという
ことで一致。約一名が土地勘のある阿佐ケ谷で下車し、駅にほど近いビルの二階「けやき」
へ。手製のコロッケや魚、煮物などもおいしい家庭的な酒処だ。
 鯵の刺身、あさり蒸し、ホタルイカと桜えび入り海藻サラダなどなどを堪能し、〆は宗匠の決
めたあんかけ焼きそば。赤ワインにも満足し、誰言うとなく「カサアゲしなくても、本当に、と?っ
てもすばらしい花見吟行でした」。
 つとトイレに立った木の葉さんが茶香炉なるものを発見との報告。お茶を焙じるための小さな
炉で、佳い香りが辺りに漂うとか。宗匠も覗きに行く。終いまで面白いことは見逃さない「セミの
会」の心意気、さすが。

      茶香炉のけやきの店のあさり貝   木の葉






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