秋川芋煮吟行記             2006年11月15日一二三壯治記


川原はごろごろ、鍋はぐらぐら

 「芋煮」吟行は、だいぶ前からの懸案だった。提案者は、里山歩きのスペシャリスト塚田凡天
さん。三、四年越しでようやく実現の運びとなった。
 ここまで延びたのは、材料の調達や調理、後片付けなどの手間を考えたから。その課題も、
凡天さんの綿密な計画と、参加された方々のご協力で解決した。
 舞台の秋川渓谷には管理事務所があり、大鍋と薪を低料金で貸してくれる。新聞紙をたきつ
けにして火を起こすのは何年ぶりだろう。大鍋に汲んだ水でまず根菜類を煮、牛肉、こんにゃ
く、葉菜の順に入れていく。味付けは、出し入りしょうゆで。ビール片手に待つ。以下、参加者
全員の句(詞書は一二三)で時間の経過を実況しよう。

挨拶 
           吟行の先づは磧のいも煮かな      よろこぶ

野趣こそ贅沢

           誘はれしクルーザーより芋煮会      映子

わが玉座
           芋煮会坐り良き石ありにけり       木の葉

しばしのわびとさび

           川音と焚火の音の昼下り         ゆきこ

火の昔を思ひて

           ひさびさに炎を見つむ芋煮会       風天子

煤さえ愛し

           大鍋を川原の焚火黒く染む        かおる

鍋奉行

           諸声の期待に耐えて芋煮える       凡天

芋も心も躍りて

           石に坐すいも煮のごろりごろりかな    壯治

川原の客

           せきれいを見つつ川床煮こみ鍋      有史

満ち足りて

           縄文に近づく気分いも煮会         ひでを


           石叩ひとさし舞ひて元の石         ひでを


 芋煮鍋の残り汁にはうどんを入れて、払底するまで食べつくした。きれいに後片付けをし、余
った薪を管理事務所に返す。マナーの良さを褒められると、元ボーイ&ガールスカウトたちは
大喜び。

そぞろに、ぞろぞろ里山歩き

 腹ごなしに周辺の里山を散策する。秋川から奥多摩のなだらかな丘陵地に向かって、小規
模な集落が続く。どの家も大小の庭や畑を持ち、花や野菜を栽培している。


      芋がらの干してあるなり里の山     ゆきこ


 時おり草深い崖や林が現れ、荒れた過疎地の面影も見せてくれる。


      からす瓜樹にへばりつき六十路なか  有史


 今年の秋は遅い。銭葵とコスモス、菊が同居する道の辺である。


      もう少し歩いてみよと草の花       よろこぶ


 柚子畑で実を即売する老農夫がいた。箱に「三個百円」とある。一人、二人と買い求め、つい
でに山寺までの道を尋ねる。


       柚子取りの農夫に聞きぬ寺の道    映子


 道は大きくうねり、再び川と寄り添うように下る。車がやっとすれ違えるほどの小さな橋が架
かり、対岸では何かを燃やす煙が漂っていた。山寺へは、橋の通りから登っていく。


       野を横に民のけぶりや冬隣       壯治


ずんずん山寺へ、だんだん日が暮れる

 山道を登りながら、こう考えた。『草枕』の冒頭と同じだが、漱石ならぬ愚生は別のことを考え
た。
 人は、いつも幸運を期待する。期待が大きすぎると、時に失望する。失望したくないからと、
期待しないのもつまらない。そこで、程というものを知る。
 五、六分も歩くと、山寺の山門にたどり着いた。脇にそそり立つ銀杏の大木は、あたかも寺
のシンボルのようである。ここが廣徳寺、正式には「臨済宗建長寺派廣徳無霊禅寺」という。


      ゆく秋や廣徳寺なる寺を訪ふ       風天子


 期待以上の結構であった。けっして広くない境内に、二重塔(正眼閣)、鐘楼、本堂などが整
然と配置されている。中央の本堂は桧皮葺の切妻屋根で、鋭角的なフォルムが背景の亭々と
した杉木立と調和を見せる。庭は禅精神を映し、低木の満天(どうだんつ)星(つじ)を見下ろす
ように楓が配されていた。どちらも、わずかに紅い。


      山寺や冬の紅葉の鎮もれる          かおる  


 本堂裏へ回ると、「多羅(たら)葉(よう)」の古木があった。説明の札が下がっている。釈尊在
世のころ、この葉を紙の代わりに用い、鉄筆で文字を書いたらしい。


      冬の寺多羅葉の葉の文字の黒           木の葉


      多羅葉樹思ひを負ひて冬に入る           凡天


 川原ではまばゆかった日の光も落ちかけて冷え、寂寥感も増す。そろそろ潮時である。


       凍雲を北にながめて屋根のそり          ひでを


 メンバー十名、五人ずつタクシーに身を縮めて乗り込み、JR武蔵五日市駅に出る。句会場
は、立川駅前で探すことにした。

                                             以上







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