「葉山」 桜山古墳・秋谷吟行記  2007年1月31日(水) 一二三壯治記

見出される古
 ひでを宗匠(ご本人は「宗匠なんて、そんな古風な呼び名はいやだよ」と言っていたが、みん
なそう呼ぶので諦めた)のお誘いで、二年ぶりに横須賀市秋谷の山荘を訪ねる。かつて故司馬
遼太郎氏が『街道をゆく 三浦半島記』の取材で滞在し、「しづが苫屋」と評した。今回は、前に
辿り着けなかった「桜山古墳」を探し、夕方には秋谷浜の落日を浜辺のバーから眺めるのが目
当てである。
 JR逗子駅前に参加者六名が集合(ゆきこさんは途中参加)したのは午後一時過ぎ。天候の
都合で、初めの予定を二週間遅らせたのが功を奏した。早春を思わせる好天に恵まれた。
 タクシー二台に分乗し、宗匠が市役所で入手した地図を見せながら行くと、十分足らずで古
墳への登り口に着いた。「今度は間違いなさそうだ」と、みな一様に安堵する。
 土留めを施した急な階段を登ると、こんもりとした饅頭形の樹林があった。前方後円墳と言う
から、もう少し大きなものを想像していたが、うっかりすると見過ごしそうだ。
「地元の素人考古学者が、一人だけ古墳だと信じて観察を続けたらしい。苦節何年かあって、
認められたという話だ」と、宗匠。見出された物と見出した者それぞれに、ロマンがある。

   古の墓をたずねて春近し      かおる

   時空経て墓と分りし冬の山     ひでを

 これから徐々に調査が進められるらしい。全体に黄色いビニール製の縄が張ってあった。

   藪椿縄ひとつ張る後円墳        夢

 縄というと、縄文時代を思う。縄文と弥生の境は今も論争の対象だが、どちらの時代にして
も、名のある豪族の墳墓にはちがいない。調査が進めば、いろいろわかってくるだろう。
 さらに足を延ばして第二の古墳へ。登りきった場所に、相模湾から富士山を望む見晴台があ
る。わずかに霞む沖の空に、ぽっかりと冠雪の富士が浮かんでいた。

   古の人は富士をまくらに春の夢    木の葉

 山道には随所に道しるべが掲げてある。「逗子市街・六代御前の墓」の方へ
下ると、ケヤキの巨木が目についた。「六代御前」の墓は、そのふもとにあっ
た。
 立て札には「平継盛の嫡男で出家し…云々」とあり、『吾妻鏡』の一説から「頭は剃っても心
は剃らず」という御前の気概が伝えられている。その気概ゆえに、先々に禍いをもたらす者とし
て討たれた。それも古の「盛者必衰の理を表す」悲話の一つ。手を合わせて去る。

   頭剃り心は剃らず寒念仏      壯治


摘まれる実と花と
 桜山を下りて、最寄の「新逗子駅」バス停までぶらぶら歩く。逗子の街には、いかにも湘南ら
しい明るく健康的な生活感があふれている。集団下校する子どもたちの表情も、どことなくのど
かだ。狭い歩道にはみ出すほど、たくさんの花を並べている店があった。「洒落た店名だね」
と、凡天さんが言った。

  花ぬすびとてふ店のあり春隣     凡天

 十五分ほどバスに揺られ、ひでを宗匠の山荘に近い「前田橋」に着く。ここはもう横須賀市の
内になる。
 宗匠によると、IT長者などの別荘需要が増し、この辺りも開発が急で景観がどんどん損なわ
れているという。確かに日当たりのよい海岸沿いの丘では、建設中のマンションを多く見かけ
た。それでも東京に住み慣れた目には、まばゆいほどの自然と静けさが残っている。
 秋谷山荘の周辺も二年前とあまり変わっていない。菜の花が早くも咲き誇り、金柑がたわわ
に実を蓄えている。
「まず、金柑をもいでください。いくら取ってもいいよ。できるだけ大きいのをね」 宗匠の号令で
梯子を掛け、身の軽い木の葉さんがするする昇って取る。下では梯子を支え、「もっと右」「左
手の上にも」などと声を掛け、籠に受け取る。籠はたちまち一杯になる。

   君は金柑を取れ吾梯子持つ      壯治

 次は、菜の花を摘む。それぞれが畑に分け入り、裁ち鋏で好きなところから切る。「開きかけ
がいい」「もっと根元から切らなくちゃ」と声を掛け合って、にぎやかである。

   日の光束ねるごとく菜花摘む     かおる

 そこへようやく、ゆきこさんが到着。すぐに花摘みの輪に加わった。

    菜の花を摘むひとの背や冬入日   ゆきこ

 摘み花は、宗匠が用意した英字新聞にくるむ。新聞紙のグレーから黄色い花先がわずかに
覗き、あたかも春を盗み取った気分。


讃えられる夕
 秋谷浜に出たのは、午後五時前である。風強く、波は荒い。夕日は、遠霞に抱かれる玉のよ
う。塩辛い風を横面に受けて黙々と歩く。バー〈ドン〉の白壁は、かすかに朱を帯びていた。
 宗匠が予約したバーのテラス席から、刻々と変わる落日を眺める。各々、手には赤ワイン。
晩冬のスペクタクル・ショーが始まる。

   落日の富士とワインと冬の潮     木の葉

 冬の入日は黄色から橙色、そして茜色にと、空ともども変化していく。富士山の台形の影は
黒く濃くなった。

   冬入日横におきたる富士の山     ゆきこ

  海に陽が沈み切っても、空は紫をとどめている。

   波裏に燃えて落ちけり冬落暉      夢

  闇が濃くなると、伝わってくるのは……

   冬暮れて海鳴り俄かに昂れり      凡天

 日の刻が終わり、月の刻が始まる。まぶたを閉じれば、さきほどの美しい景が眼裏によみが
える。

  眉変じて点秋谷の冬落暉         ひでを

 体は冷えた。店内に入って、飲み直すことにしよう。地中海風の料理も待っている。

                                                 以上



★今回の吟行・利用交通機関データ 

東京からのアクセス 片道

JR新宿駅ーJR逗子駅 湘南新宿ライン利用 1時間4分 ¥840 (グリーン料金別) 
JR逗子駅ー桜山古墳入口 タクシー利用 7分ほど ¥800〜¥900 
桜山古墳ー新逗子駅 徒歩 10分 ¥0 
「新逗子駅」バス停ー「前田橋」バス停 バス 15分 ¥300 くらいだった 




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