春日部黒沼・岩槻城址吟行記 二〇〇七年七月二十五日(水) 一二三壯治記
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噂の蓮池を訪ねて
ひでを宗匠の御身内に不幸があり、七月の吟行はいったん中止になりかけた。
「春日部にある黒沼の蓮が見ごろだという噂なので行ってみませんか」
翌週に別の吟行企画を提案してきたのは、あらかわゆきこさんである。幸いにして宗匠をはじ
め五人の参加者が集まり、実施の運びとなった。
都内から春日部駅までは、いくつかのルートがある。私が選んだのは、JRで大宮まで出て東
武野田線に乗り換えるルートである。駅からはタクシーに分乗した。
黒沼の蓮田は、二反ほどの休耕田を転用したものらしい。朝寝坊で鳴るセミの会にしては、
だいぶ早起きをして出かけたつもりだったが、着いたのは正午近く。蓮の花はほとんど閉じか けていた。
風のきて四日目の蓮崩れけり ひでを
千弁の蓮に祈りの時をもつ ゆきこ
〈案内〉役のゆきこさんは、〈案外〉な蓮田の小ささや花の状態に失望の色を隠せない。が、
そこは物慣れた大人から成るセミの会。かえって詠みどころを求めて意欲的に歩き回り、さま ざまな句に昇華させた。
極楽の蓮水底に地獄あり 凡天
黒沼や蓮もまどろむ昼下り 木の葉
蓮の葉に死せる虫あり日は正午 壯治
見物客はまばらである。地元の人々であろうか、散歩の足を伸ばしたような気軽さで周辺を
歩いている。
母子きてしおからを追ふ休耕田 ひでを
漢詩で「蓮」は、同音の「恋」を連想させるもの。蓮花と女の取り合わせは…。言わぬが花
か。
蓮花の朱の条(すじ)なぞる女かな 壯治
仏教には「拈華微笑(ねんげみしょう)」という言葉がある。釈尊が説法の後、黙って華を拈(つ
ま)んで示したところ、摩訶(まか)迦葉(かしょう)ひとりがその意味を悟り、微笑を返したとの逸 話に由来する。
どの顔もほぐれてゐたり蓮田風 ゆきこ
われらは、どうやら全員が摩訶迦葉のようだったらしい。
岩槻に往時を偲んで
帰路、東武野田線の途上にある岩槻で下車することにした。〈人形の街〉として名高い。今
年、さいたま市に合併され岩槻区となった。行政改革の一環とは言え、趣のある市名が消えて いくのは寂しい。
そば屋で遅い昼食を取りながら、散策ルートを考える。太田道灌の築いた岩槻城址が公園と
して残っているので、そこを目標に定めた。
城址までの道すがら武者小路に出る。近くには鐘楼(時の鐘)があった。木の葉さんが、ふも
との草むらに「花みょうが」を見つけた。
花めうがそつと盗みぬ時の鐘 木の葉
岩槻は、江戸時代には阿部氏十二万石の城下町であった。岩槻木綿が、もう一つの特産と
して知られる。
岩槻の町に干されし浴衣かな ゆきこ
岩槻城址公園は、運動場や人形塚、睡蓮の池、散歩道などの集合体である。あじさいが残
り、さるすべりが咲き始めている。
未草すでに眠りて岩槻城 凡天
睡蓮(未草)の池には八橋が架かっている。その幾何学的な形が、眺めに変化を添える。
八橋を渡る日傘や城の跡 木の葉
はるかに流れ流れて
城址の東側には元荒川が流れ、天然の濠になっている。江戸城もそうだが、太田道灌という
武将は、堅固さと景観とを併せ持つ城を築くのが得意だったようである。そこに、歌人としての 趣味も感じられる。
水馬元荒川に陣を張り 木の葉
荒川は、その名のとおり荒々しく氾濫した。元荒川は、治水工事によって現荒川に流れを変
えた名残である。川幅は広いが、どことなくうち捨てられたような景色で、ゆるく流れている。
夏川や小兵衛の女房舟を出す 壯治
一句は池波正太郎の『剣客商売』を想って詠んだ。主人公秋山小兵衛の女房おはるが岩槻
の出だったと記憶していたからだ。あとで調べてみると、〈近くの関屋村の百姓・岩五郎の次 女〉とあり、岩槻とは縁もゆかりもない。〈岩五郎〉の記憶が岩槻に結びついたとしたら、まった く頼りない。お詫びと訂正の意味もこめて載せた。どうかお許しを。
大きな橋のまん中から川を眺める。岸辺の深い草むらから口ばしの根元が赤い鳥が這い出
した。沖のほうへゆるゆると泳いでゆく。
満ち満ちる川泳ぎゐる鷭の赤 ひでを
蒸し暑い七月の空の下を歩き回り、いささか疲れた。川からほど近いところに
ファミレスを見つけ、それぞれ甘いものを取って休んだ。
凌霄花灯して老いの支度かな 凡天
帰りは、近所の人に最寄駅を尋ねて歩いた。親切な老夫婦がいて、教えるだ
けでなく心配なのか駅の近くまで付いてきてくれた。
なお、さいたま市の一隅
句会場は大宮駅周辺で探すことにした。十数年前、筆者が住んでいた街なので多少は土地
勘がある。大宮もまた、さいたま市の一区になった。
東口の飲食店エリアは、当時と変わらず狭い店が軒を連ねている。〈旅籠屋次郎〉という古風
な店構えの居酒屋に入った。地下の個室には、掘りごたつ状にテーブルと椅子が据えつけら れている。八人がけの席に五人がゆったり座れた。
ニューは和洋折衷、無国籍、なんでもありの乱調ぶり。それがかえって刺激となり、珍しげな
ものを次々に頼んで食べた。揚げ豆腐にピリ辛あんを掛けたのが、妙に口に合った。
夏の雲流るる中のうなぎかな 木の葉
元気の出るものをたっぷり食べて、盛夏に向かおうか。
★今回の吟行・利用交通機関データ
一例
出発地 利用路線 値段
新宿 JR山手線外回り \190
西日暮里 東京メトロ千代田線・綾瀬行 \160
北千住 東武伊勢崎線急行・南栗橋行 \400
春日部 1時間3分
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