高尾霊園ミニ吟行記   2007・8・15        一二三壯治記


日は高く、暑い。八月十五日である。人それぞれ、さまざまな思いを抱く。あるは懐旧、あるは
追慕、あるは悲嘆。
 木下ひでを宗匠が、生前親交の深かった詩人・寺山修司氏の墓所に寺山氏夫人の九條映
子さんとお参りするというのでご一緒させていただいた。同行者はほかに、塚田凡天、亀井よ
ろこぶの両氏。墓所は高尾山の麓にある。
 JR高尾駅前から〈高尾霊園行〉の送迎バスに乗る。うねうねした丘陵の狭い道を十分ほど行
くと、正式名〈高乗寺・高尾霊園〉に着いた。
 三十度を超す熱気、蝉しぐれ、桜古木の緑陰が五感をいっせいに埋めつくす。霊園は山の
斜面に整然と階層化されていて、高いところは七、八階ほどの高さだろうか。
「あの辺よ、そんなに高くないわ」
 映子さんは、そう言ってすたすたと先に歩き出し、供花を買い、備え付けの掃除用具を手に
取る。後に続く私たちも銘々にほうきやバケツなどを持って階段を上った。
 建物なら二、三階の高さに寺山氏の墓がある。墓石の形は周りもみなユニークだが、殊に青
銅の犬(かつての飼犬二匹)を狛犬のように左右に配した門扉や開いた分厚い本を冠に戴く墓
石、自筆サインの刻印などが、詩というジャンルをはるかに超えて活躍した氏にふさわしく際立
っている。
「いやあ、なつかしいサインだなあ」
 ひでを宗匠が大きな声を上げた。原稿や手紙で何度となく目にしたという。
「拓本を取る人がいて、べったり墨だらけになっていたことがあるの」
 映子さんが語る。墓にまつわる話だけでも、粟津潔氏のデザインであること、自作の詩集を
置いていく人のこと、香花を手向けていく劇団員のことなど、いくらでもありそうだった。
 雑草を取り、花を取り替え、掃き清め、香を上げて手を合わせた。何を念ずるでもない。ただ
冥福を祈った。

 墓所からの眺めがまたよい。桜並木を見下ろし、墓石の後方に山の稜線を従えている。墓
所や墓相の良し悪しで霊が浮かばれるのか否か、筆者にはわからないが、願わくはこういう場
所に葬られたい。当然、映子さんもここに…と思って伺うと、
「わたしはイヤよ。寺山とお母さんの二人だけにしてあげるの。わたしはこのすぐそばに墓地を
買ってあるので、そこから眺めているわ」
 こういうあたりが、若輩の筆者が言うのもなんだが、寺山氏に愛されたゆえんではないかと思
ったりした。年齢の開きがありすぎて、筆者にとって寺山氏はすでに伝説の人物であった。ひで
を宗匠と映子さんを介して、ほのかに人柄を偲べるのがしあわせである。
「さあ、もう十分。みなさんにこれだけねんごろにお参りしていただいたんだから、寺山も喜んで
いるはずです」
 映子さんに促されて、墓所を後にした。

 ミニ吟行記ゆえ、ここまでとしたい。この後は京王線高尾山口まで行き、ケーブルカーで明治
の森へ。薬王院、猿園・野草園などをめぐって、帰路、句会場のある吉祥寺駅で降りた。

    秋立つや詩人の墓に犬二匹      凡天

   猛暑なか母猿なほも冬毛なり     ひでを

                                  木下ひでを 追記

 人気の吟行地でもある高尾山で60才以上の人の事故が急増、地元の高尾署に山岳救助
隊が発足したと、10月16日付け東京新聞が伝えている。
 特にケーブルカーの運行が終れば歩いて下山するしかない。日が暮れて、雨が降るかもしれ
ない。高尾山とて山は山。ご用心!
 なおあの「ミシュラン」による日本の観光地格付では、富士山とともに最高ランクの三つ星観
光地に選ばれているそうだ。 



★今回の吟行利用路線
新宿〜高尾まで
 京王線準特急・高尾山口行   350円  44分
 又は、
 JR中央線快速          540円  57分


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