江戸城周辺吟行記 二〇〇八年三月十九日(水) 一二三壯治記


江戸城の名残をしのんで

「関八州めぐり」と銘打つ、我らセミの会の吟行。
「…で、関八州ってどこ?」と、メンバーの一人に聞かれて、適当にしか答えられなかった。改
めて武蔵(現東京・埼玉)、相模(神奈川)、安房(千葉南部)、上総(千葉中央)、下総(千葉北部・
茨城一部)、常陸(茨城)、上野(群馬)、下野(栃木)の八州と確認する。
この度は、武蔵国江戸。かつて贅六(ぜいろく)(江戸者の関西人に対する蔑称)は、「むさいくに
のヘド」などと呼んでバカにした。尾籠ながら、市中のあちこちに犬の糞が置き去りにされてい
たというのだ。江戸者自身、江戸の名物を「伊勢屋、稲荷に犬の糞」と自嘲したくらいだから、
事実だったのだろう。そのムサい江戸の中心、江戸城周辺を散策する。
江戸は京阪に比べて、確かに後進地だった。江戸城ができ、徳川家の権力が確立されて、首
都機能を持ったにすぎない。それが、幕末には世界最大の人口を持つ大都市になった。
なかなか江戸城の話題に入らないのは、城の構造と同じように門から天守閣まで長いようなも
のだとご理解いただきたい。
さて、一行は大名行列よろしく大手門からぞろぞろと入る。ここが御家人の通用門だった。他
に内堀周辺には八つの門がある。今は東御苑と呼ばれる旧本丸跡を散策し、桔梗門から出る
コースをたどるつもりである。
  
  江戸城址身を寄せあひてすみれ花   かおる

 渦巻型の江戸城は徳川家三代三十七年かけて普請されたと、物の本にある。今は、堀や
門、一部の櫓、石垣、番屋跡、天守閣の土台などが残る。珍しいところでは、松の廊下や大奥
跡。それらを取り囲んで、椿、梅、山茱萸(さんしゅゆ)、三椏(みつまた)、木瓜(ぼけ)などの咲く
庭園が続く。初桜も見られた。
 何しろ大人数だったので、各人の句によって名残をしのんでいただこう。

  諏訪の茶屋遠き利休や黄水仙   建一郎

  くちはてし松の廊下の薄日かな   風天子

  憐れなり艶を残して椿落つ   有史

  大奥のありしあたりの蕗の薹   夢

  ふきのたう石室のやねかざりをり  木の葉

  石垣の隙間数ミリ草若し   壯治

  天守台の石の鋭角鳥交る   舞九

 われらが殿様、ひでを宗匠も遅れてご来臨。何事もなかったように、松の廊下、大奥跡をゆ
っくりと眺めておられる。

  石室の通じる先や諸葛菜   ひでを

 他のメンバーに見守られながら天守台にもゆるゆると上り、興が湧かなかったのか、すぐに
下りてきた。

  天守台駆け上がる背に木瓜の花  理恵子

北の丸公園から千鳥ヶ渕

 ぽつぽつと雨が降ってきた。花時前後は、こんな天気が多い。足を速めて、一ツ橋に近い桔
梗門から北の丸公園の方へ向かった。
 北の丸公園では遅梅と寒桜が楽しめた。池をめぐれば、屋根のてっぺんに金色の擬宝珠を
頂く〈日本武道館〉が見えてくる。武道よりも、コンサートと入学・卒業式の聖地である。この日
は、東京理科大学の卒業式。袴姿の女子学生に負けじと、母親、祖母と思しき女性方も着飾
って満面の笑みをたたえている。

  卒業の宝塚風袴かな  ひでを

  卒業式はいから乙女の髪明し   理恵子

 武道館に近いのは田安門。御三卿の一つ田安家の旧屋敷があったことに由来する。雨宿り
と休憩を兼ねて、九段下〈九段会館〉内の喫茶室に入る。三十分ほどお茶とおしゃべり。
 再び歩き始める空は、手だれのホステスである。そのココロは、フリそうでフラない、フラない
と見せてフル。
 さて、一行は花見の名所でもある千鳥ヶ淵のほうへ折れる。細かくうねりながら、桜木の散歩
道が続く。開花予想は、あと一週間ほどだ。

  ポンと手を打てば桜の開きさう   舞九

 千鳥ヶ淵の桜は、見る人の年代によって感慨が異なるものらしい。

   鎮魂の桜ぞ眠る土手の上   風天子

  お花見に非ず参りし戦没碑   有史

 花見は、平和な時代でなければ楽しめないように思う。桜を愛でるたびに、平和の尊さを感じ
たい。

春雨とカレー料理

 桜の蕾を眺めて歩くうちに、雨がやや激しくなった。道は麹町から、半蔵門に近づく。

  春雨やうづくまりたる牛が渕   建一郎

  春雨に水面のゆれるお堀かな   かおる

 感触では、半蔵門・三宅坂辺りが皇居周辺では最も高い印象だ。ここから、お堀をさらに下
れば、霞ヶ関、桜田門、日比谷へと続く。広重か北斎かに、ここからの風景画がある。

  いつよりぞ霞ヶ関の霞みたる   壯治

 江戸の地名はおもしろい。由来はともかく、いつまでも人を呪縛する力がありそうな…。
 三宅坂には国立劇場、永田町には国会議事堂、紀尾井町にはホテルと相場が決まってい
る。地名だけで、中身を示すほどになるのはいずれにしてもスゴい。今は、秋葉原、巣鴨辺り
が、似たようなスゴみを持っている。
 三宅坂・国立劇場の裏には「小劇場」があり、落語や軽演劇の会を催している。そこから程
近いインド・パキスタン料理店に入ることにした。開店時刻には少し早いが、木の葉さんが色仕
掛け(?)で入店を許してもらった。
 〈シディーク〉というこの店は、首都圏に幾つかあるチェーン店らしいが、カレー・アラ・カルトを
ごく低価格で味わえる。ビール、ワインをピッチャーやデカンタで頼めば、大人数でも十二分に
満足感が得られるはず。

  春宵のラッシーといふ甘い酒   夢

 女性向けには、カクテル風の甘味酒もある。いささか宣伝めくが、どうも当会は、吟行の後の
句会場には外れたためしがない。こういう店探しも、吟行の楽しみの一つになっている。

  マンサクは宴の後となりにけり   木の葉






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